団結!!

震災で亡くなられた方々の
ご冥福をお祈りするとともに
被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

未曾有のあの震災から
今日で4年。

『3.11』誰もが忘れることの
できない衝撃。

四年前のあの日、福岡にいた
私は、朝から長女の中学校の

卒業式に参列。とても感動的な
式で午後もその余韻にひたっていた。

pm2:46 夢にもみない出来事が
起こった。テレビに映る映像は

いまでも信じられないほどの
ものだった。こんなことが

あるのか?身体が身震いして
いたことを覚えている。

まだ、どれほどの規模かも
わからないわたしは、身勝手にも

知り合いの無事だけを
祈っていた。

というのも、わたしたちは
3.11のちょうどひと月前

サッカー全国大会会場となる
福島のJ-villageにいた。

3泊4日の滞在。初日宿泊先で
震度4の地震にあった。

かなり長い間揺れたと思う。
浜通りでは、それまで結構

地震が多く、正直いつものこと
だと思っていました。

まさかこの揺れが大震災の前ぶれだったとは。とても複雑な思いが
湧いてくる。

「お世話になった宿のみなさんは
無事だろうか?」

「J-villageにいる、やさしくもてなしてくれたアカデミーの選手たちは…?」

楢葉町のみなさんは?
双葉町のみなさんは?

情報が無い中、不安な毎日が
続いた。

宮城にも仲良くしてた仲間が
いた。津波到達地点に学校の

グランドがギリギリのところ。
本当に心配でしかたなかった。

いろんな人に聞いても情報がない。安否が確認できたのがその
ひと月後くらいだった。

北九州にいるお父さんから
電話があった。着信画面に

「⚪︎⚪︎さん」の表示。いっきに
心臓がバクバクしてきた。

「無事やったよ。」聞いた瞬間。涙が止まらなかった。今も思い出すだけで込みあげてくる。

非日常が続く震災直後。
自分たちにできることは
なんだろう?

微力ながらできることって?
結局、街頭募金しかできません
でした。

でも、クラブのメンバーや
近隣の方も思いは同じ。

本当にたくさんの仲間がすぐに
集結した。また、街ゆく人々も

何かしたい気持ちに溢れ
たくさんの募金が集まった。

なぜ、こんなことを今、書いてる
かというと、日頃の忙しさに

かまけて、なんとなく毎日を
過ごしてはいないか?

もっと、仲間や身近な人たちを
大切にしなきゃいけないんじゃ
ないかって思ったんです。

こんなにもたくさんの方が亡くなり、こんなにもたくさんの行方不明の方がいるんです。

何十万人がいまだ、家にかえれないんですよね。

もっともっと考えなくては。
生かされている自分たちは

もっともっと一生懸命
生きないとって思ってます。

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